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東北道にて感じた事

本日仕事の打ち合わせの為、東北道を使って栃木県の西那須まで行きました。

昼食の為途中のSAに立ち寄ると神奈川の消防隊の車が十数台、隊員の方も百名くらいはいたでしょうか。

背中には横浜市消防局、藤沢市消防局、川崎市消防局等々・・・

恐らくはこれから福島、宮城地方に救援に向かわれる途中だと思われます。

隊員の皆さんに笑顔は無く神妙な面持ちで食事をされていました。


また高速道路上もタンクローリーが多いように思われ、大型トラックやダンボール箱を大量に積んでいるワゴンを見ると全てが救援物資を運んでいる車に思えてしまいます。


帰りの道中では泥だらけの埼玉県の消防隊の車や何台もの自衛隊の車両、荷物が満載で皆で車の中でおにぎりを食べている宮城ナンバーの車・・・。
宮城から避難しているのでしょうか。


この一週間、埼玉ではお店にはパンやお米が戻ってきてガソリンスタンドでも並ぶ事が無くなってきました。

テレビでもバラエティー番組が放送され始めいつもの日常にかなり近づいてきました。

まるで大地震が一過性のものであったようにさえ感じられてしまいそうです。


しかし今日の東北道での光景はテレビの画面を通してでは無く、今ここにこれから救援に向かおうとしている人達、被災地から戻って来る人達の姿がありました。


行きのSAで隣に座って昼食を取っていた消防隊員同士の会話がふと耳に入ってきました。

『おまえ、昨日眠れたか?・・・ 』



東京へ向かう帰りの高速、泥で汚れた自衛隊空挺団のトラック。

幌の付いた荷台の中で疲れ果てているように見えた自衛隊員の姿が印象的でした。



北へ向かう消防隊員の方に 『 頑張ってください 』 と声を掛けようと思ったけれど掛けれませんでした。


何も出来ない自分の無力さと、Linoが届いてからこの一週間、地震の事など忘れたかのように浮かれていた能天気な自分を痛感しました。


いつも遊びやツーリングで走っている東北道。

今は被災地に繋がっている一本の架け橋のように感じました。



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プロフィール

☆ hideki ☆

Author:☆ hideki ☆
1965年生 51歳 埼玉県南部

◇ 凛(チワワ 享年7歳 )
◇ 麗(チワワ 6歳 )

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